太陽が作りし影

ユージニア・リム

24 December 2018

 

Spacecraftスタジオは、KFive + Kinnarpの依頼で、同社の家具シリーズ、ボイド・コレクションのための一連のプリント柄をデザインした。これは、土地、歴史、言葉、アート、建築といったさまざまな要素が絡み合って生まれたテキスタイルで、一見するとシンプルな木のモチーフを、葉っぱやつる、花のシルエットと組み合わせたものを反復させ、麻布に転写したボタニカルプリントだ。だが、その奥に目を凝らせば、商業とアート、建築の境界を越え、制作とリサーチ、実験に挑む好奇心旺盛な腕利きのデザインスタジオの姿が浮かび上がる。彼らがボイド・コレクションのために考えたテキスタイルのひとつは、フサアカシアのモチーフを反転させて編集した繊細な絵柄だ。だが、その内容の奥深さを知ると、見えない句読点や、文字なき脚注やテキストが散りばめられた1枚のページのようにも見えてくる。Spacecraftは、この依頼に応えるにあたって、オーストラリアの建築家、ロビン・ボイドのテキストと建築に着想を得た(KFive + Kinnarpのボイド・コレクションは、ロビン・ボイドがウォルシュ・ストリートの自宅とその近所のドメイン・パーク・フラットのためにデザインした家具を、彼の死後に再現したものだ)。ボイドは著述家としても多くの作品を残し、ニュースメディアや書籍、テレビ、ラジオや展覧会など、公の場で発言する機会も多かった。彼は、モダニズムの伝道師として理想を説き、建築と日常との融合の重要性を訴えた。それを踏まえると、Studiocraftのボタニカルプリントからも、私たちに自然との共生、つまり、都市は自然破壊の舞台ではなく、共存すべき空間であることを考えさせるという意味を読み取れはしないだろうか。ものづくりやデザインに先立つものとは何か。そして、制作の過程と作品とが物語る、現代におけるアートと工芸、デザイン、科学との融合と、モダニズムの聡明な建築家への共感との両立とはいったいどんなものなのか。

English original

日差しの強い11月のある日、私はこのシリーズが生まれた経緯について詳しく話を聞きに、コリングウッドにあるSpacecraftのスタジオを訪れた。すると、少人数のチームが連携して作業を進める中、共同創立者兼アーティストのスチュワート・ラッセルと、アーティストのクララ・グラッドストーンが、ペンリー・ボイド作の「春の息吹」(1919年、NGVコレクション)という絵について語りはじめた。この絵は、夢の世界の写し絵を思わせる、フサアカシアを描いた印象派風の油彩画で、メルボルン北東部ウォランダイトに建つ、画家が自ら設計し建設した自宅兼スタジオ「ザ・ロビンズ」の近くで描かれたものだ。この邸宅はエドワード様式とアーツ・アンド・クラフツとの折衷という珍しい建築で、1919年にはここで息子のロビンが生まれた。ラッセルとグラッドストーンは、邸宅とその周辺を何度か訪れ、フサアカシアの存在に気付いた。そして、反復を活かすデザインプロセスに、土地の歴史とこの植物も盛り込もうと思い立ったのだそうだ。スタジオでは、UV露光機に照射したシルクスクリーン用の版を見せてもらうこともできた。そこには青色の感光乳液がかたどるボタニカルモチーフがネガとして浮かび上がっていた。会話の合間には、このスタジオが得意とする手作業とデジタル技術との一体化を見せてもらうこともできた。コンピュータの画面上に、デザイナー兼マネージャーのダニカ・ミラーが、丁寧にレイヤー分けして編集したフサアカシアのファイルを立ち上げた。そのデザインには、グラッドストーンとラッセルからの「おみやげ」の本物のアカシアの葉が使われている。2人は、例の油彩画が描かれた場所からほど近いヤラの土手に生えていたアカシアの葉を持って帰ってきたのだ。さらには、以前から庭に生えていたゴムノキのハート形の葉をシルクスクリーンの原稿として使い、空気が入らないよう感光乳液に密着させて露光させる「直接法」で版が作られていた。シルクスクリーンの制作には、環境の制御がきく屋内で紫外線露光機を使うのが一般的だが、ここでは、太陽光や外気、そして土地の歴史が一体となって形を構成し、光と影が織りなす妙をつくり出していた。

Spacecraftの作品は、人との会話や、過去のアートやデザイン、文学作品の入念なリサーチのみならず、手仕事と素材の特質、デジタル技術とが三位一体となった作業工程を経て生まれる。今回のプロジェクトにおいても、そのスタイルとチームワークの精神が引き継がれたが、Spacecraftチームと、KFive + Kinnarps(2001年に創業したメルボルンの家具卸売兼小売業者)のCEOのエルナ・ウォルシュ、ロビン・ボイド財団の三者による対話も欠かせなかった。ロビン・ボイド財団は、2005年に建築家のトニー・リーによって創設され、1960年代に建てられたウォルシュ・ストリートのボイド邸の当時の姿をできるだけ残しながら、トークセッションやワークショップ、上映会や展覧会などの会場として活用することで、ボイドのデザイン理念を引き継ぐ機関である。KFive + Kinnarpsは、無駄をそぎ落としたデザインが特長のロイドの家具を、オーストラリア産の堅木とウールを使って当時の仕様に忠実に再現している。だが、テキスタイルのデザインは時代に合わせて一新すべく、毎年新たなデザイナーを選び、このコレクションのためだけのテキスタイルを世に送り出し、売上を財団への寄付金に充てている。今回指名されたSpacecraftは、ベルギーの麻やウールのプリント地を使って3列の脚が特長のウォルシュ・ストリート・ソファやドメイン・パーク・チェアの装いを一新し、気品を添えている。

このシリーズのデザイン第一号は、モダニズム建築であるハイディIIの砂岩造りの壁をはうヘンリーヅタへのオマージュとして考えられた。この建物は、マグラシャン・エレベストが1963年にジョン・リードとサンデー・リードのために設計した自宅兼ギャラリーだ。スチュワート・ラッセルは、1990年代にロンドン・プリントワークスに在籍していたころに、植物学者で写真家のアンナ・アトキンズ(1799 – 1871)の仕事や技術を研究し始めた。それからというもの、スチュワートにとって彼女は長くインスピレーションの源となる存在であった。一説によれば、アトキンズは女性初の写真家で、1843年には、青と白が印象的な青写真法でフォトジェニックな海藻を撮影した優美なフォトグラムに手書きの注釈を添えた、史上初の写真集「Photographs of British Algae: Cyanotype Impressions(英国の藻類写真集:青写真法による撮影)」を自費出版した。太陽光で露光したアトキンズの植物標本は、その美しさもさることながら、科学を学び、種の多様性に関心を持ち、科学技術の革新を恐れないという、当時にしては珍しいタイプの女性を制作者としていた点でも画期的であった。何かが単独で成り立つことはない。今日におけるアートや科学の発展は、過去の実験や大発見の上にある。Spacecraftのテキスタイルは、ヘンリーヅタが幾重にも重なって葉とツルが絡み合い、アトキンズの作風を思わせる繊細な絵柄を描き出し、彼女の先駆者としての足跡を後世に伝えている。

1980年代、スチュワートと、そのパートナーでSpacecraftの協働創立者のドナ・オブライエンは、英国からスリランカに移住した。2人は地元のテキスタイル・デザイナーでアーティストでもあるバーバラ・サンソーニの協力を得て、コロンボからバイクで3時間のところにテキスタイルの印刷工房を立ち上げた。この、スチュワートとドナの工房兼自宅は、バーバラの友人であり過去にはコラボレーションもした、スリランカの著名な建築家、ジェフリー・バワが設計した建物だった。2人は、バワのモダンな熱帯建築で生活を送り仕事をしながら、環境をデザインに取り組むとはどういうことかをじっくりと観察した。この建物は、室内空間と屋外との境目があいまいで、木々や岩肌、植物が大部分を占め、中庭は食事をとるためのダイニングや、星空の下の寝室も兼ねる。バワの建築においては、ブルータリズムの機能性と社会観が、スリランカの熱帯の気候と文化に持ち込まれ、東洋と西洋の影響、そして統治国と自国の文化が混ざり合っている。ラッセルとオブライエンにとって、よりコンパクトに暮らし建築を環境に調和させるすべをバワから学べたことは有意義だった。

ロビン・ボイドは自著『The Australian Ugliness(オーストラリアの醜悪なる景観)』の「Pioneers and Aboraphobes(開拓者と高所恐怖症)」と題した章で、「現代オーストラリア人はゴムノキもアカシアも特段恐れなくなったが、特定の2種類の植物だけが、人工環境において期待されるこぎれいさや従順さといった性質に服従しづらくできているなどという話があろうはずはない」と述べている。ボイドは、オーストラリアの都市部や郊外や住宅地で、人々が自然を無力化して飼いならし、ひいては根絶させ、「旧世界のものだから優れている」と決めつけ、ヨーロッパから持ち込まれた木々で「既存の」在来種の植物や林を一掃してしまっていることを危惧していたのだ。種の多様性、地球上のあらゆる形の生命は、この星のもっとも複雑にして重要な特徴だ。だがそれは恐るべき速度で失われつつある。絶滅していく動植物の増加を物語るのは厳しい現実を突きつける科学的なデータだけではない。哲学的な観点から生物多様性をとらえ、何百万年もかけて種の間で共有、蓄積されてきた多様な環境を生き抜くための知識であると考えれば、人類の行いは「生命の図書館を燃やしている」も同然なのだ。オックスフォード大学のデイビッド・マクドナルド教授らの専門家の言によれば「種の多様性なくして人間の未来はない」のである。

Spacecraftの素朴で実直な仕事には一貫して、手遅れになる前に目を覚まし、都市部や郊外で自然や人間以外の生物と共生する方法を学び直そうというメッセージが込められている(これはオーストラリアの先住民が決して手放すことのなかった知恵だ)。そして、そのメッセージの内容は、彼らが扱う要素や素材、植物モチーフや芸術性にとどまることはなく、社会や政治にまで広く及んでいるのである

筆者

中国・シンガポール系オーストラリア人アーティスト。映像、パフォーマンス、インスタレーションを手がける。作品では、時代と文化圏を越えて架空の人物を演じ、グローバル化された世界における、国民性やステレオタイプによる人とのつながりの分断や構築を表現している。近年の作品には、モダニズムの建築家ロビン・ボイドの著書『The Australian Ugliness(オーストラリアの醜悪なる景観)』へのオマージュとして、2018年に制作した同名のマルチチャンネルビデオインスタレーションなどがある。この作品は「ザ・ナショナル2019:オーストラリアの新しい芸術」展および2019年2月から、4A現代アジア芸術センターおよびニューサウスウェールズ州ミュージアム&ギャラリーによる企画のもと、ザムスターク美術館(西オーストラリア州)で開催される「ジ・アンバサダー」展にも出品される。現在、メルボルンで「ゲートルード・スタジオ」展と、バンドーラ邸芸術センターの「ラッキー?」展に作品を出品中。2019年より、ラーラ・トムスおよびミッシュ・グリゴールとともにAphidsの共同ディレクターを務める。

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